不思議シリーズ(31)~秀吉の命にも動かなかった塚 『班女塚』
班女塚(はんにょつか)は「宇治拾遺物語」に故事があり、平安時代に長門前司の娘を葬った塚といわれる。 塚を祀る神社が建てられ、創建当時は「班女神社」と称されていたが、桃山時代に豊臣秀吉が、東山五条の佐女牛八幡宮社(現・若宮八幡宮社)の近くに移したが、祟りがあり、やむなく元の場所へ戻されたといわれる。
Updated Date : 2026-07-19 18:58:47
Author ✎ 京都再発見
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班女塚とエピソード
宇治拾遺物語によれば、未婚のまま亡くなった娘の遺体が、何度か野辺送りをしようとしても自宅の元の場所に戻ってきてしまい、やむなくこの地に葬ったという伝説が残っている。理由は謎のままで、ひところは、結婚話のある女性がこの前を通れば、破談になるという言い伝えがあったという。
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班女大明神
「班女塚」は「繁昌神社」の旧社地で、現在は境内飛地である。「繁昌神社」の少し北西の、奥まったところにある。 かつては縁切りの神として恐れられていたが、現在ではその執念が「良縁成就」や商売繁盛につながるとして信仰されている。
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班女塚の岩陰の古木
班女塚の大きな岩のそばには古木が1本あり、しめ縄が巻かれている。
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下京区糸屋町(高辻通室町西入)
35.00092742528808
135.75711389015854
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