不思議シリーズ(No23)~隠れキリシタンのような石碑と社 『豊国神社と新日吉神宮』
徳川家康は豊臣家を滅ぼすと、秀吉の神号を剥奪し仏式で供養するように命じ、豊国廟の代わりに五輪の塔を築き秀吉の墳墓とした。今も豊国神社の宝物館の裏手に残る「馬塚」がそれである。また秀吉の旧姓「木下藤吉郎」を 樹下神(賀茂玉依姫)の神名に隠して徳川幕府の監視を逃れたと伝わる「樹下社」が新日吉神宮にある。
Updated Date : 2026-03-28 13:03:11
Author ✎ 京都再発見
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樹下社(このもとのやしろ)
江戸幕府に廃祀された豊国大明神の御霊代を護るために創始された神社で新日吉神宮(いまひえじんぐう)の境内社(豊国神社)。このもと(樹下大神)を木下藤吉郎の姓に通じさせて豊臣秀吉を江戸期から祀り続けているという。
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馬塚
徳川幕府をおもんばかり馬塚と呼びカムフラージュの形で崇拝された五輪の搭は豊国神社の宝物館の東奥にある。幸い東隣の「方広寺大仏殿」の跡地の北寄りからも眺めることができる。
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馬塚(豊国神社境内)
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135.77326317317787
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樹下社(新日吉神宮境内)
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